水無月

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●2006年6月30日 バカ親日記
今年の正月には「よし寝返りだー!」とか言ってたのに、もうこんなにテケテケ歩いちゃうんだからねぇ。赤子の成長は物凄いよ。 来年は雲取山に一緒に登れるかな?お遍路さんもいいねぇ。五十三次も踏破しよう!夢が膨らむのぉ。うーむ、楽しみだ。

●2006年6月29日 ナカマミさんご来吉〜

網(ネット)で『エミケン』を見つけてくれた ナカマミさん が家具の打合せに来て下さいました。ありがとうございます! エミケン家頁表紙のちゃぶ台写真が決め手になったそうです。ネットでエミケンに決めてくれた方の多くがそう言ってくださる。 あのちゃぶ台はワシが訓練校時代に作ったもので、もちろん今でも現役で使われている。かなりエミケンに貢献してますな。
さて、工房での打合せ後、折角ホタルの時季という事でホタルを見に行った。19時半頃でまだ薄明るく、ホタルは登場していなかった。 時間つぶしに我家(通称:家吉、いえきち)に来てもらい一服してもらった。
話が大いに盛り上がり、気付けば23時。23時10分の登り電車に乗らないと帰宅できないので宴たけなわではあったが、またの宴を約束し 帰っていきました。すっかりお引止めしてしまい恐縮です。山奥に住む者の唯一の楽しみといえば、旅人の四方山話。 楽しいひと時でした。また遊びに来て下さい。あれ、ホタル見に行かなかったね。

●2006年6月28日 やっちまった

やっちまいました。腱鞘炎。腱鞘炎と言うのは急になるものではない。ジワリジワリと始まり、ある時もう我慢ならなくなる。 カヌーを始めたばかりの頃はよくやった。オダ氏に腱鞘炎対策の伸張運動(ストレッチング)を教わってから、久しくなっていなかった。 今回も1ケ月くらい前からなーんとなく痛かった。この段階でちゃんと自覚すれば悪化しないんだよね。 仕事後冷却するとかすればよかった。
そして先日の石窯作りでダメ押ししてしまったようだ。翌日かなり痛くなり、それでも仕事をし、その翌日、もう我慢できなくなった。 そして本日病院に行って注射を打ってもらった。だいぶ楽になった。とは言っても麻痺してるだけなので根本は治ってない。 やはり安静が一番なのだがそうもいかない。だましだましやるしかない。
それにしても処方された薬の量には驚いた。湿布はありがたいけど、炎症用の飲み薬は抵抗があるな。なんで飲み薬で手首に効くの? しかも胃潰瘍の薬まで飲まなくてはならないなんて。劇薬なんじゃん。飲ーまないっと。

●2006年6月27日 ホッピー万歳!

ワシの最近のお気に入り。 ホッピー 。 エミ氏が妊娠授乳期間中飲酒禁止だったので、我家には無アルコール麦酒が常備されていた。気にして探してみると、 結構多くの銘柄が発売されている。いい時代になったもんだ。我々のお気に入りは麒麟「モルトスカッシュ」。 ワシも付き合ってモルスカを常飲することにしたのだ。アルコール約0.5%。辛口でノド越しすっきり。熱量(カロリー)低め。 始めは晩酌だけだったが、いつの間にか昼から水代わりに飲んでいた。運転中だって仕事中だって気にせず飲める。 こいつぁー秀逸!!
しかし、先日エミ氏がとうとう脱乳し、約2年ぶりに酒解禁になったのでアルコール入り麦酒を購入する事になった。 皆さんご承知の通りエミ氏はウワバミです。それに引き換えワシは実はあまり酒は強くない。焼酎泡盛はいくらでも飲めるが、 麦酒は苦手なのだ。さーて、モルスカが常備されなくなった今、中毒気味になってしまったワシはどうすればいいのだ! え、「モルスカ買えば」って?なんとなく「妊婦さんの麦酒」って感じがしてねぇ。でも仕方ない、買うべ、と無アルコール売場へ 向かった時!ホッピーに出会ったのです。もちろん存在は昔から知っていた。でも酒店ではあまり見なかったよね。なになに 「低カロリー」「低糖質」「プリン体ゼロ」!しかも330mlで104円!!安い!!!更に瓶!!!!更に更に「ブラック」 まである!!!!!
買ってみた。ホッピーは「ドヤ街の一杯酒場で麦酒の飲めない(金銭的に)労働者が乙類焼酎で割って麦酒代わりに飲む」印象があった。 物凄い貧弱な先入観だった。彼らは美味いから飲んでいたんだね。「コロナ」や「バドワイザー」に近い。水代わりにいける。 しかし無アルコール。これはもう健康飲料だね。嗚呼、ホッピー万歳!

●2006年6月26日 ほたるぅ(田中邦衛風)

気付けばホタルの季節になっていた。友人から「そろそろホタル見れますかぁ?」と電子郵便が来て気付いた。 ホタルの時季って凄い短いんだよね。我家から徒歩数分の沢が天然ホタルの群生地になってるのであわてて見に行った。 いたいた。今年は例年より涼しいせいか数が少ないように思えた。嫌だけど、あと2週間くらいでムッと蒸し暑い夏が来れば もっと乱舞してくれるだろう。奥多摩のホタルは7月上旬までです。是非脚をお運びください。(画:ケン)

●2006年6月24日 自然とは自然だ

24、25日、『にっぱら自然学校』主催「ちびっこ家族向けイベント」に関係者として参加した。詳細はコチラを参照→  『ねねんぼう』
今回の特筆企画「石窯を作ってピザを焼こう!」。初日、河原で拾ってきた(ねねんぼう職員があらかじめ拾ってきてくれた) 石で窯を組む。もちろんセメントなんて使わず、砂と土と石だけ。力も必要だが、頭と根気も大いに要求される。人類が最も得意とする 「加工」という行程はないのだ。自然界に存在するものをそのまま使う。これはホントに楽しい作業だった。崩れないよう、あーだこーだ 石をとっかえひっかえパズルのように組み込み、完成した形は正に機能美。この形にしかならないだろう、という形になった。 結局自然の法則に則(のっと)ると、理にかなった形にしかならないのだ。意匠屋の好きな「奇をてらった」形や「他と違う」形 は成り立たない。誰に教わったわけでもないのに「石窯らしい石窯」を作る事が出来たワシら。 「人間も自然の法則には逆らえない、ただの生き物なんだなぁ。」と自然界の中のちっぽけな存在である事を実感してしまった。
翌日のピザもこの上なく美味く出来上がった。オーブンで焼くより簡単かもしれない。結局、焼け方も「こういう風にしか焼けない」 という自然の法則なのかもしれない。それが自然界の一員である人間の味覚に最も自然なのかもしれない。  「逆らってはいけない。とんがってはいけない。答えは足元にある!」

●2006年6月23日 電脳座卓

只今製作中の「電脳座卓」です。パソコンデスクならぬ、パソコン座卓。お仕事で電脳を使うので本体も画面も大きい。それが二台乗る 座卓である。さらにこれに書棚も付く。こういったものは市販にはないよね。上に乗る機材がかなりの重量になるので、 座卓の天板厚も36mmと厚い。これだけの面積だと材料もかなりの重量だ。製作はまさに「格闘」「競技」という感じ。 タイゾー!は、早くデカくなっておくれ!!(父ちゃん、心の叫び)

●2006年6月20日 木馬試作

子供用商品開発「木馬編」。木馬はやはり外せないね。タイゾーが恍惚の表情でまたがっているのは試作品です。 ネットでちょっと調べると無数にでてくる。カッコイイものからヒドイモノ、「うそ!」と言うくらい高価なものから 1万円以下のものまで、選択肢は豊富。こんな飽和状態の分野ではあるが、やはり木工屋となったからには手がけておかないとね。 しかも最適の生きた模型も身近にいるし。
欧州、特にドイツは子供用玩具にかけては流石一日の長がある。 ケラー社の「ペーター」 は意匠、価格で非常に均衡がとれている。40年間愛され続けていると言うのが、なによりもその優秀さを現している。 恐らくこの「ペーター」の影響だと思うが、その他の木馬もことごとく意匠が似通っている。 「三本脚」という作り手にとって合理的な構造も魅力なのだろう。でもワシはやはり「四本脚」にこだわりたい。だって馬だもんね。
実は「エミケン木馬」第一作目はもうお客さんがいる。今月9日に産まれたばかりの男の子だ。彼のお父さんはモンゴルの 正真正銘の遊牧民。お母さんは日本の方だ。「三歳になったらモンゴルで本物の馬に乗るようになるので、それまでの練習用に」 ということである。すごいね。『エミケン』の木馬がモンゴルに行くなんて。馬の玄人にヘタな木馬は作れない。 「さすが made in Japan」と言われるような物を作らなければ。

●2006年6月19日 無念!

「蹴球世界選手権」日本−クロアチア戦。川口にまた働かせてしまったね。W杯でPK止めるなんてただ事ではない。もうこれだけで、 兵役免除だな。中田も流石だ。積極的にロングシュートを放ち、ゴールこそしなかったがいい雰囲気を作っていた。それに引き換え 玉田の二流なこと。何故自分で打たない。昔、日本がまだ弱かった頃の消極的なサッカーを見ているようだったよ。 まだああゆう遺伝子がどこかに残っているんだな。柳沢においては自分でも痛いほど悔やんでいるだろうから、周りはそっとしておいて やるべきだろうな。
見方によっては、負けた試合に引き分けたのだから上出来とも言える。クロアチアからすれば、勝てる試合に引き分けた。悔しさの どん底にいるだろう。しかしやはりW杯で戦う選手達は美しい。これに尽きる!
※カタカナ語多用御免

●2006年6月16日 北山家ご来訪

日原の名物一家、キタヤマ家が遊びに来てくれた。キタヤマ家のカヅキは九月生まれでタイゾーと同級生。つかまり立ちが できるようになっていたね。よく見ると「つま先」立ちだ。ケリの強いこと。将来蹴球選手か!

●2006年6月14日 都会の日

吉祥寺(打合せ)〜三鷹(打合せ)〜上北沢(納品)。たまたま全て近い地域だったので、一日で三つも仕事をこなせた。 ひじょーに気持ちがいい。先日『ダイソー』(タイゾーではない)で購入した「浪曲・国定忠治」のCDもたっぷり車中で聞けたし、 千歳烏山付近の甲州街道沿いで見つけたワシ好みの、大きくて汚くて雑然とした再生品店(リサイクルショップ)で、松田聖子、 サザン、ツイスト、イルカ、中島みゆき、などのLPレコードも買えたし。
そう、最近やたら懐古意識が高まっている。昔の曲や漫画が無性に聞きたかったり、読みたかったりする。浪曲は懐かしいを通り 過ぎているが・・。幼少の頃に聞いていたわけではない。ダイソーで1枚100円だから買ってみただけだ。しかし、はまった。面白い! 日本の素晴らしき文化である。歌舞伎よりよっぽど分かりやすい。今度は「清水の次郎長」を買ってみよう。
漫画はやはり「運動根性(スポコン)」モノがいいね。先日古本屋で「姿三四郎」全7巻を購入。 本宮ひろ志の絵はホント男臭くていい。
ん!こんな話がしたいんじゃないんだ。吉祥寺のツヅキ家でこれから我家が直面する「脱乳」の技を伝授してもらった。 「ナントカ式」と言うらしい。ツヅキ家は5歳男子、0歳女子がいる。
1)脱乳数週間前から赤ちゃんに「おっぱいにお顔が出たらおっぱいバイバイだよ」と言い続ける。
2)ある日おっぱいに顔を書く。
3)赤ちゃんは驚き、しかし理解しおっぱいをやめる。
4)お母さんは赤ちゃんのあまりのいじらしさに、おっぱいをあげたくなるが、グッとこらえる。
という寸法らしい。世の中には様々な方法論があるし、自然におっぱいをやめるまであげ続ける「卒乳」派も多い。 「卒乳」だ「脱乳」だなんて子供が出来なければまったく知らない世界だし、こんなのはごく一部で、新しい世界に無限に直面する。 そして子育ての諸先輩方ともこんな話題で大いに盛り上がる。ホント楽しい。
二軒目に伺ったウエダ家でも更に上級編のさわりだけ教えてもらった。ウエダ家には小学4年生双子男子がいる。 あ、ウエダ様!本、ありがとうございました!!エミ氏、案の定大喜びです。「あ、ワタシ、こういうふうに説明とレシピが 別々に書いてるのが好きなんだぁ」とナマなことをほざいていました。ワシは写真がきれいで、絵本的な美しさがあるのが とても好きです。エミ氏、載ってるお菓子全部作ってくれると約束してくれました。え、何の本かって?  コチラ です。
というわけで、ホントに充実した素敵な一日でした。オシマイ。

●2006年6月13日 負けて兜の緒を締めろ

ただいま「蹴球世界選手権」日本−豪州戦を見終えたところです。どうにもすぐ眠れる状態ではない。「惜しい試合だった!」 と言いたいところだが、決して惜しい試合ではなかった。後半39分まで先行していたが内容は全く負けていた。 川口選手が門番(ゴールキーパー)でなかったら5点は入っていた。始終攻められっぱなし。川口選手に仕事させすぎ。 日本は敵の陣地でほとんど球蹴りできていなかった。試合開始直後はうまく球運びできていたのだがなぁ。
悔しくはあるが、試合的にはとても好試合だったと思う。呼吸も忘れるほどだった。あと2試合。悔いのない競技をして欲しい。

●2006年6月10日 ニシ家ご来訪

この春、学習机を納品させていただいたニシ家ご一行様が遊びに来てくれた。マキちゃんもユウキも真っ黒に日焼けしてるね。 タイゾーはまだ表で遊んでないから真っ白だ。よく皆にタイゾーの肌の白さを驚かれるのだが、青森人のエミは言うに及ばず、 ワシも地黒の印象があるが実はかなりの色白なのだ。お尻なんて桃のよう・・。さらに乾燥肌だし敏感肌だし。
5歳と3歳の先輩がいるとタイゾーも大喜び。ワシも大喜び。子供はホント可愛い。いったんこちらが気を許すと容赦ないからね。 以前のワシはこうではなかったな。子供は、いかに驚かせ、怖がらせ、泣かせるかに腐心していたっけ。親になるとこうも 変わるもんなんだねぇ。

●2006年6月5日 尾張名古屋はモノでもつ

名古屋出張、行ってまいりました。一言で言うと「熱い街だぎゃー!」。今回は期せずして、物作りの情熱に触れる旅であった。 愛知県と言うのは「物作りの国」だったんだね。トヨタは言うに及ばず、カリモク、ノリタケ、ホウトクなどの有名製作所も愛知に 本社があったことに驚いた。
名古屋城にも行った。残念ながらウワモノは戦後再建のニセモノであるが、石垣は400年前のまま。徳川家康が加藤清正、池田輝政、 福島正則ほか20もの超有名大名に国の威信をかけ作らせた城だけに、当時最高の素材と技が凝縮されている。 石垣だけ見てもそれが激しく伝わってくる。ひとつひとつの石には刻紋が彫られていた。名もなき石工が彫ったのであろう。 ここからも物作りの熱い情熱が伝わってくる。
新しいところだと、あの ヴィレッジ・ヴァンガード もここの産まれだ。驚いた。新しい物への欲望と、人とは違う物が欲しいという こだわりの長い歴史が愛知の底力だと知った。
新しいコト、モノに取り組む人物にも多く接してきた。皆素晴らし人物だった。ワシも負けてはいられない。 ここでワシの見聞した事は到底書き切れないので、いずれ報告書を作成いたします。こうご期待!


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